第3回演奏会 – 曲目解説

F.メンデルスゾーン:交響曲第5番ニ長調 作品107 「宗教改革」

メンデルスゾーンが他の著名な作曲家と異なる点の一つは、富裕な家に生まれたブルジョアであったことであろう。彼の祖父は啓蒙思想の偉大な哲学者であり、父は莫大な財を成した銀行家であった。そのような家庭環境もあり、メンデルスゾーンは幼いころから厳しく躾けられるとともに幅広い教育を授けられ、音楽だけではなく、歴史・ギリシア語やラテン語も含む諸外国語・自然科学・文学・絵画等々、ありとあらゆる教養を身につけるに至った。
メンデルスゾーン家はユダヤ人であったが、父アブラハムは、息子がいわれなき迫害を受けぬようにとの思いもあり、メンデルスゾーンが7歳の時にキリスト教に改宗させている。しかしながら、ドイツ系ユダヤ人の家系であるということは、メンデルスゾーンを無意識のうちに用心深くさせ、また、巨万の富を持つ家父長的な家にあっては、彼が保守的な人間になることは必然でもあった。結果的に、その作風は不用意に新しいものに挑戦するのではなく、上品・正確・論理的・優美・純粋、といった言葉で表現されるものとなっていった。
メンデルスゾーンは、今では作曲家として知られているが、音楽の特定の分野の専門家ではなく、何でも完璧にこなせる「音楽家」、それも、その時代を代表する大音楽家であった。例えば、彼は作曲家であると同時に当時最高のピアニストの一人であり、最も偉大な指揮者であるとともに、最高のオルガン奏者でもあった。したがって、存命中から「巨匠」として全ヨーロッパ的に認知され、その影響力は甚大なものがあったのである。加えて、西洋音楽史全体における功績も甚だしく、「指揮者」という独立した職務を成立させ(それまではコンサートマスターが弾きながら合図を出すのが一般的)、現代まで続く指揮法の原型を確立したのはメンデルスゾーンであり、「小品+協奏曲等中規模曲+交響曲」という現代に通じる「演奏会の基本形」を作ったのもメンデルスゾーンであった(それまでの演奏会では、交響曲の2楽章と3楽章の間に全く関係ない独唱曲を入れたりもしていた)。そして、これら功績の中で、最も重要なものの一つに、当時忘れられていたJ.S.バッハの音楽を「再興させた」ことが挙げられる。当時の演奏会は、存命中の作曲家の「新曲発表の場」という位置づけが強く、過去の作曲家の演奏をすることは必ずしも主ではなかった。そうした中で、古くても価値ある作品を演奏するという、今では当り前となったスタイルを確立したのもメンデルスゾーンであった。そう考えると、メンデルスゾーンなかりせば、今の時代にJ.S.バッハの音楽を聴くことはできなかったかもしれないし、クラシック音楽の今日的な演奏会を楽しむこともできなかったのかもしれない。
メンデルスゾーンは、上記の通り「西洋音楽史における最も重要な音楽家の一人」でありながらも、L.V.ベートーヴェンや、J.S.バッハ、W.A.モーツァルト等と比して、その評価は必ずしも高くはない。ひどい場合では「金持ちのボンボンが書いた線の細い音楽」などといった偏ったイメージを持たれることすらある。これは、メンデルスゾーンの没後、R.ワーグナーが執拗なまでに行った反メンデルスゾーン(=反ユダヤ)的運動等々の影響に加え、これが20世紀に入って、ナチスの反ユダヤ思想と強く結びつくことでさらに徹底的な排撃となり、現代に至っているためである。一方で、メンデルスゾーンは膨大な量の手紙等の書簡や楽譜のスケッチを残しており、今後これらの研究を通じて、その功績が正しく評価されていくことになるであろう。
「宗教改革」の標題で知られる交響曲第5番は、5番目に作曲されたものではなく、実際は、1830年21歳の時に書かれた2番目の交響曲である(生前は出版されず、出版順で現在の番号がついている)。「宗教改革300年記念祭」用に作曲されたものであるが、この曲が記念祭に採用されることはなかった。このことは、メンデルスゾーンが(キリスト教に改宗し、自身は敬虔なプロテスタントであったとはいえ)ユダヤ人であることが影響したとも言われている。これは、記念祭に採用された楽曲が現在は残っていない(すなわち歴史的価値が高くない楽曲であった)ことからも、純粋に楽曲の出来だけで採用の判断がなされたのではなかったであろうことは想像できる。いずれにしても、彼が、自身の実力だけでは超えられない壁・大きな屈辱・挫折を味わったことは間違いない。
「宗教改革」には、1楽章に「ドレスデン・アーメン」の旋律が、4楽章にはM.ルターが作曲したとされるコラール『神は我がやぐら』が取り入れられ、また、随所に祈りのような神々しい響きのある宗教的な楽曲である。メンデルスゾーンが「宗教的過ぎる楽器」として、他の純音楽には採用していないトロンボーンも登場する。純粋な野心・向上心と敬虔な宗教心が込められた、若きメンデルスゾーンの意欲あふれる作品である。

第1楽章 : Andante(ニ長調、4/4) – Allegro con fuoco (ニ短調、2/2)
厳かな序奏部、弦楽器による「ドレスデン・アーメン」を経て、力強く決然とした第一主題が現れる。対して第二主題は伸びやかな旋律である。展開部ではそれぞれの主題がフガート的に展開され、ところどころに、この曲と同年に作曲された「フィンガルの洞窟」を思わせる音楽が垣間見える。再現部の直前には、再度「ドレスデン・アーメン」が思い出のように現れ、戦いに疲れたかのような重い足取りの音楽として第一主題が再現される。楽章の最後は、全奏による力強い第一主題で閉じられる。

第2楽章 : Allegro vivace (変ロ長調 3/4)
一転して軽快なスケルツォ楽章。喜びを表す素朴な農夫の踊りのようである。木管楽器と金管楽器のバランスが素晴らしく、また、ダイナミクスの変化を多用し、いきいきと音楽が流れていく。ト長調のトリオ部は流麗で美しい。スケルツォ楽章を得意としたメンデルスゾーンの面目躍如である。

第3楽章 : Andante (ト短調2/4)
1stヴァイオリンの悲哀を込めた旋律、それを支え和音を構成する内声楽器の音の移ろい。わずか54小節の短い楽章ながら、一音・ワンフレーズごとの微妙な心の変化、アンジュレーションが美しい、心に染み入る哀歌である。楽章の最後に一瞬、第1楽章第二主題が顔を出し、切れ目なく4楽章へ続く。

第4楽章 : Andante con moto – Allegro vivace (ト長調 4/4) – Allegro maestoso (ニ長調、4/4)
フルートによるルター作曲のコラール旋律で始まり、他の木管楽器も交わり美しく広がっていく。金管楽器も加わることで響きは神々しさを増し、祈りに満ちたハーモニーを奏でていく。Allegro vivaceのブリッジ部を経て、ニ長調のAllegro maestosoとなる。壮麗な第一主題、リズミカルな第二主題、それぞれが聴く者を魅了してやまない。フガートでは、対位法を駆使し、また、弦楽器のフガートの上に管楽器によるコラール旋律が奏されるなど、バロック期を思わせる音の運びである。コーダでは、コラール主題が全奏で力強く現れ、勝利を表すかのような雄大な響きをもって全曲を閉じる。

(平真実)

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