曲目解説

オール・ブラームス・プログラム

大学祝典序曲 Op. 80

「大学祝典序曲」は、ブラームスが1879年にブレスラウ大学(現ポーランド)の名誉博士号を授与された返礼として、オーストリアの保養地イシュルで、対をなす「悲劇的序曲」とともに作曲されたもので、1881年に初演されました。
この曲は4つの学生歌を自作の主題を交え巧みにつなぎ合わせる形式をとっています。冒頭の行進曲風の主題の後に、第一の学生歌「我々は立派な校舎を建てた」がトランペット、木管、ホルンなどによって静かに歌われ、次第に楽器が増えて頂点を迎え、再び行進曲が登場し、その後第二ヴァイオリンを中心に流れるように奏でられるのが、学生たちが宴会の時に歌ったとされる第二の学生歌「祖国の父」です。これを木管楽器が引き継ぎ姿を変えて現れたのち、ファゴットによる軽快な旋律ではじまるのが第三の学生歌「新入生の歌」で、かつて大学受験ラジオ講座のテーマ曲に使われていたこともあり、聴き覚えのある方も多いでしょう。これに自作の主題やこれまでに登場した学生歌の変奏などが続き、クライマックスで用いられる第四の学生歌「さあ愉快にやろうじゃないか」により雄大にしめくくられます。
ブラームスとしてはめずらしく、打楽器を多用し、終始苦悩や悲壮感を感じさせない明るい曲想で、彼自身この曲を「笑いの序曲」と呼んだそうです。

さて、大学祝典の曲紹介からは外れるが、今回はオール・ブラームスプロなので、ブラームスの主要なオーケストラ曲の作曲年次を紹介しておきたい。「交響曲第一番」は1876年、「交響曲第二番」1877年、「ヴァイオリン協奏曲」1878年、「ピアノ協奏曲第二番」1881年、本日のメインである「交響曲第3番」は1883年、最後の交響曲である「交響曲第4番」1885年、こちらも本日演奏する「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」は1887年で、最後のオーケストラ作品である。決して成功したとは言えない「ピアノ協奏曲第一番」の作曲は1859年、大成功を収めた「ドイツレクイエム」は1868年であった。このように、1833年生まれのブラームスの64歳の生涯の中で、現在演奏される機会の多いオーケストラ曲の殆どが、40歳代半ば以降から50代前半にかけ作曲されたものである。


ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 Op. 102

もしブラームスが5番目の交響曲を書いていたら、どんな名曲だっただろう? クラシック音楽ファンならきっと一度はしてみる想像。ヴァイオリンとチェロの独奏+オーケストラという「ありそうで他に類を見ない」編成の二重協奏曲は、そんな想像をさらに膨らませてくれます。

実は5番目の交響曲として書き始められたこの曲は、ブラームスが親友のヴァイオリニスト・ヨアヒムと対立(喧嘩?!)した折、和解するためヴァイオリンとチェロの協奏曲に変更し、ヨアヒムにその作曲の助言を求めたといいます。時に激しく掛け合い、時に寄り添い響きあう曲の二面性は、そんな所以なのかもしれません。

二面性という点についてもうひとつ加えるならば、ブラームスがこの曲を作曲した時期にも注目。1885年に交響曲第4番を書き上げ、一方でその翌年には、美しいヴァイオリンソナタ・チェロソナタの各2番とピアノ三重奏曲第3番が作曲されています。
1887年に完成されたこの二重協奏曲は、交響的な側面に加えて、室内楽的な親密さや温かみも両立し、さらにヴァイオリンとチェロという楽器の特性が最大限に生かされていて、このような作品が生まれた妙を感じざるを得ません。なお、ブラームスは、この二重協奏曲を最後に以降管弦楽曲は作曲せず、これより晩年の作品は室内楽曲・歌曲・ピアノ曲のみとなっています。

第1楽章
オーケストラによる短く力強い第1主題の後、通常の協奏曲では曲の佳境で奏でられるカデンツァを突如チェロが演奏する。さらにオーケストラとヴァイオリン・チェロの掛け合いが断片的に折り重なり、壮大に曲が展開する。

第2楽章
ホルンと木管楽器の牧歌的な響きに導かれ、独奏ヴァイオリンとチェロが美しい主題を歌うが、美しい旋律の中には時折不安な響きもよぎる。叙情的な緩徐楽章。

第3楽章
印象的な民謡風の第一主題をチェロに次いでヴァイオリンそしてオーケストラが奏でる。ヴァイオリンとチェロの感情高まる美しい第一副主題の二重奏も終楽章の聞きどころ。

さて、最後に「フラットフィルならではの二重協奏曲」について書き添えると、通常は外部からゲストで迎えるソリスト(独奏者)を、今回はいつも一緒に演奏している仲間の二人が務めます。そのことでどんな効果が生まれるのか… 一体感? 温かさ? ワクワク感? はたまた緊張感? これを書いている段階では未知数ですが、そんな空気感も音楽の楽しみ。ライブで一緒に感じて頂けたら幸いです。


交響曲第3番 Op. 90

ブラームス50歳。1883年5月~10月にかけてドイツのヴィースバーデンで書かれた作品。同年12月にハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルによって初演。

第1楽章
曲の冒頭、管楽器によって第1主題「F(ファ)~A♭(ラ♭)~F(ファ)」の3つの音のモチーフで幕を開けます。1音目の『F』で「お、始まった!」とワクワクさせ、2音目の『A♭』の和音で「ん? 何が起こったの?」と不安にさせ、3音目の『F』で「あ〜良かった!」と落ち着きます。このモチーフは形を変えながら終楽章まで繰り返されます。ちなみにこの音の動きは、独語で”Frei aber froh(自由で、しかも愉快)”というブラームスが好んだ言葉の頭文字と結びつけたものと言われています。

第2楽章
平和な牧歌風ののどかな歌謡楽章。クラリネットとファゴットが冒頭で美しい旋律を奏でる第1主題に低弦楽器が静かに相槌を打ちます。そして展開し再び両楽器の3連符を含む呟きのような旋律が第2主題。この第2主題は終楽章でも大いに活用されます。

第3楽章
本来ならここでスケルツォ(テンポの速い3拍子)やメヌエット(ゆったりとした3拍子)などの舞曲楽章がくるところをブラームスは間奏曲風な楽章としました。チェロによって主奏される憂愁と憧憬を湛えた第1主題。そして中間部の木管の夢見るような柔らかな表情も特徴的。主部旋律はホルンにより朗々と再現され、最後は全体で第1主題を断片的に上昇し、再び下降して管楽器の静かな終和音の上に弦楽器のピッチカートで終わります。

第4楽章
第3楽章の空気感のまま静かにファゴットと弦楽器の第1主題が始まり、中低弦のピッチカートで一旦ピリオド。その直後、第2楽章第2主題が再現され嵐前の静けさを思わせる。そして大々的なクライマックスへと展開していく。終盤は第1楽章第1主題、および終楽章第1主題が繰り合わせ、哀愁が漂いながらもどこからか光が差し込むような明るい響きの中で静かに幕を下ろします。

広告